2011年3月31日木曜日

「手放すことと気づかぬことの差異」

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おのれの心をまもり


励みをたのしみとすべし


淤泥(どろ)に溺れたる象のごとく


難処(なやみ)より


おのれを救い出すべし



法句経 第二十三品 「象」 三二七


友松 圓諦 「 法句経 」


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皆様、いかがおすごしですか。


被災地でお怪我をなさった方、


避難されていらっしゃる方、


ご家族がご友人が被災された方、


お心が痛む日々が続いていると思います。








私は、地震があって以降、


集中して原子力発電所の件を見ておりました。






切羽詰まり、あらゆるものを飲み込まんとするかのように、


東電、保安院、官邸の会見を見続け、


聞きながらタイピングして内容を把握。






日々生じる三者三様の意見のずれ、情報の誤差、先延ばしにされる検査、


積み重なる矛盾点を確認し、素人ながら調べ、


テレビで繰り返される「安全」という言葉とは裏腹に、


どんどん状況は手詰まりになっていくのをただ、見ているしかありません。






現在も、結局、本丸である原子炉には近づけておらず、


それを冷やすための準備の準備の準備で、


外に漏れ出た水を処理しています。




これらの状況の変化はなんなのか、会見を必死で見続け、


テレビが伝える安易な「安全」とは何か、理解しようとしていました。






何が「本当に」起きているのか。






真実を知ろうとするとき、


それは弱さからくるものなのでしょうか。


抗いがたい恐れから、真実を渇望するのでしょうか。






恐れを手放す、ことと、


情報を収集し、現状を見極め、危険を回避する努力をすることの、


両立の仕方が、なかなかうまく収まりません。






原発がどういう状況なのか、


テレビでは流れない専門家の必死の意見をネットで様々に拝見し、


「大丈夫」と「危険」がオセロの白と黒のように、


ぱたぱたと移り変わるのを見ています。






原発の情報から目をそらすと


街は日常を取り戻しつつあります。


停電で各駅停車になった電車にも、人々はすんなりと慣れていきます。




< 慣れる >




人は、慣れてしまいます。




放射能がいまも、絶え間なく上空へ舞い上がり、


風に乗ってもちろん首都圏にも、


そしてヨーロッパにまでも届いています。




そのことに、もうこんなにも、街の人々は慣れ始めている。


もしくは、意識の向こう側へ追いやり、気づかないフリをしている。








水道水の基準を上回る放射性物質が検知され、


基準を上回る、下回る、乳児に飲ませてはいけない、大人は大丈夫。


いろいろと情報が流れ、打ち消すように「身体に影響はない」とテレビはリフレイン。






その「基準」は、急ごしらえで3月17日に設置されました。


それまで日本は、とても厳しい基準を仮で設けていましたが、


3月17日に、大幅に基準を緩めて、安全のボーダーラインとしました。




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◆世界の水道水の基準値  
 

  WHO基準      1ベクレル(Bq/L)  
ドイツガス水道協会 0.5ベクレル(Bq/L)  
アメリカの法令基準 0.111ベクレル(Bq/L)  



◆3/17までの日本の水道水の基準値 
 
ヨウ素 I-131 10ベクレル(Bq/L)   
セシウムCs-137 10ベクレル(Bq/L )  

 ※ 出典は下記です。203-204ページ、表9-3参照  
 
http://whqlibdoc.who.int/publications/2004/9241546387_jpn.pdf  

◆3/17以降・現在の日本の暫定基準値  

  ・ヨウ素(I-131)131  300ベクレル(Bq/L)  
飲料水 300 Bq/kg  
牛乳・乳製品 300 Bq/kg  
野菜類 (根菜、芋類を除く。 ) 2,000 Bq/kg  
・セシウム(Cs-137)137 200ベクレル(Bq/L)  
飲料水 200 Bq/kg  
牛乳・乳製品 200 Bq/kg  
野菜類  500 Bq/kg  
穀類  500 Bq/kg  
肉・卵・魚・その他 500 Bq/kg  
 
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r9852000001559v.pdf  



※参考HP 
  http://carrotjuice.sblo.jp/article/43968256.html    いらい217    


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ヨウ素が減ったらよい、ということではありません。


セシウムは半減期が30年、


体内に取り込めば100日かかってようやく半減すると言われており、


そのセシウムの危険性はほとんど伝えられません。




CTスキャン何回分、レントゲン何回分、だからOK。




本当に?


それは1時間あたりであって、×24時間、×何ヶ月、


体内に取り込めば、何回身体の内側から、レントゲンを撮るのでしょう。


その数値の例えは、本当に合っていますか?本当に?






医療現場の隔離された特別室で、


本人の同意を得て検査のために放射線を照射します。






許可なく放射線を浴びせられて、


それを医療のものと同質と例えるなど、


治療に当たられる医師や看護士、患者さんにも失礼ではないでしょうか。






「本当に?」




この疑問を持つことは、とてもエネルギーがいります。


「見ざる 言わざる 聞かざる」






受け入れることと、


受け身でいることは、違うと思うのです。






私たちは、守られています。




こうして、大きな災害に見舞われながらも、


まだ命がこの瞬間にあるということは、


まだなすべきことがあり、何がしかの大きな力に守られていると感じています。




だからこそ、


危険であると映し出されるサインを見過ごすこと無く、


歩んでいきたいと思うのです。






手放すことと、


サインに気づかぬフリをすることは、違うと思うのです。






これから先何十年も、原子炉が冷やされるまでに時間がかかり、


その間、放射能は発生し、広がります。




きちんとそのことを存じていらっしゃり、


自分できちんと「選択」して、今この時を過ごされることを願っています。




テレビは、もう何事も無いかのように、賑やかな番組が流れています。


けれど、先日もプルトニウムが検知されたという報告会見を、


きちんと緊急として放送してほしいと思います。




ネットでの会見中継を見ている方だけが、


何が起きているのかをタイムリーに、情報を編集されること無く、


受け取り、判断しています。








プルトニウムは、比重が重く飛散しにくい。


そのロジックで、ずっとプルトニウムは検知していない、


検知する機器が無い、


今後検知するか検討する、とおっしゃり続け。


先日、実は調べていました、微量ですが検知されました、


けれども安全です、


と、言い続けています。






ガスと比べて比重が重い、というだけであって、


微粒子ですから、外に漏れていたら、飛散します。


今、敷地外のどこまでを検知するか、検討中とのことです。








このような事柄を、周囲の友人に話しても、


そのようなことは聞きたくない、


ネガティブなことだから、という方がとても多く。






けれども、目をそらし、


意識の向こうに押しやり、


前向きに、前向きに行こうと笑っても。




台所でフライパンに火をかけて、


それに気づかぬフリをすることに、似ていると思うのです。






今回、私は緊急自身速報のアプリを、ipod touchに入れ、


震度2以上の余震がくるとアラームが鳴るようにしていました。


「ゆれくる」というアプリです。




これは本当に助かっています。


余震がくる、という心構えがあるからです。




少しずれても、自分が体感している揺れが、気のせいではなく、


本当に揺れているのだと、自分の感覚を確かめられました。






今、こうしている間も、


不眠不休で高濃度の放射線にさらされ、


命がけで対応してくださる職員の皆様、本当にありがとうございます。






原発の事故と状況への関心が薄れ、


楽観的というよりも、無関心になるときが、


本当に恐ろしいことなのだと思います。




人は、慣れてしまいます。


誰かに、「こっちだよ」「安心安全だよ」と言っていただき、


そちらに付いていけば、何も考えなくて楽です。






ハーメルンの笛吹き男が、


誘うのはどこでしょうか。






私たちは、


自分の直感や霊性、智慧と慈悲を使って、


歩んでいくことができます。






私の中にある恐れを手放し、


今、生じている事態を受け入れ、


そして、無関心ではなくいたいと思います。






東京の空は、地震の後から濁っています。


光化学スモッグのときの空のよう。




それでも、花々は太陽に手を伸ばしています。




何も知らないでいる、ということを、知ることが、


より良き流れを作るための、必要な一歩のように感じます。






「すべては空である」




このことを思うと、


今原発がどのようになろうとも、


すべては「私」が作り出したるもの。




注視することと、


空であると手放すことの意味を、


まだ私は掴めずにいます。






ただ、祈るばかりです。




私には、原発がナウシカの映画の巨人兵に見えます。


あの存在もまた、ひとつの意識体として存在し、


痛みに声を上げ、血を流しているように感じます。






彼(原発)の痛みが、収まりますように。


自分の内側から生じる熱が、自分自身を焼き、溶かし、


声を上げている彼が、痛みから救われますように。






そして、共存できると信じて、巨人兵を制御し、


今も必死で手当をしようとしていらっさる作業員さんたちに、


一日でも早く、暖かな場所に戻り、


大切な人とゆっくりとした時間が過ごせますように。






愛が届きますように。

















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