粗(そあら)なる言葉をなすなかれ
言われたる者
また 汝に返さん
怒りに出づる言葉は
げに 苦しみなり
返杖(しかえし)必ず
汝の身にいたらん
『 法句経 』 友松 圓諦著
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今日は節分です。
東京は麗らかな日和で、春がそっと手を伸ばしているのを感じます。
昨日は、とても苦しんでいる人と出逢い、お話をする機会がありました。
愛を失い、
その愛を失う流れを作ったと感じている人々に傷つき、憤り、
生きる意味や、
自分自身の価値の灯が消え、
それでも、なんとかして魂に光を取り戻そうとしておられました。
幸せになりたい、そう願う力も枯渇することがあります。
深く傷つき、自分自身を責め、
怒りや悲しみを押しこめることによって、
それらの感情が内側で腐敗し、
自分自身を蝕んでいきます。
このまま、朽ちてしまいたい。
できることなら、こうなった原因となった彼らも共に・・。
人は、時としてそういった濁った流れに飲まれることがあります。
そんなときはまず、自分の感情をきちんと出すこと。
悲しい悲しい、どうしてどうして、怒っている怒っている、どうしてどうして。
目の前に、泣きじゃくるもう一人の自分を据えて、一緒に泣き、怒り、
うんとうんと、言いたかったことをいいましょう。
「どうして愛してくれなかったの」
その次に、「本当に悪いと思っている人」が、本当に悪いのか、考えます。
なぜ裏切ったのか、
なぜ自分を罵ったのか、
なぜ、なぜ、なぜ。
相手の心の揺れ、弱さ、怯え、恐怖、それらを想像します。
相手の事情を、想像してみます。
この部分は、波立ちすぎているとき、自分一人では難しいかもしれません。
複雑な柄の描かれたコップを、一方向から見ているのが今の自分です。
裏側には、また違った柄が描かれ、色が異なり、
右側や左側から見てみると、くぼんでいたり、欠けていたりしますが、
そこからでは、見えていないのです。
自分からでは見えていない事柄があることを、
信頼できる友人や、
ヒーラーさんや、カウンセラーさんなど、
違う立場の人から聞かせていただくことで、広げていきます。
これは、「相手」のために行うのではありません。
「自分」のために行うのです。
怒りを感じているとき、「情報」が不足していると考えてください。
それが生じた状況や理由、隠された真実などを、その瞬間どれだけ受け取っているでしょうか。
複雑に絡んだそれぞれの人生の僅かな接点から、怒りが生じます。
たとえば駅の構内。
人の波に逆らって、乱暴に押しのけ、ぶつかっても謝らず、
逆に大声でどなりながら電車に向かっている男性がいるとします。
人々はその瞬間の姿、情報しか得られませんから、
乱暴な男性に閉口し、怒りを感じるでしょう。
けれど、その男性の家族が今まさに危篤で、必死の想いで電車に乗り込もうとしていたなら。
ずっとないがしろにしてきたのは親なのか、妻なのか、子供なのか、兄弟なのか。
死ぬなという想い、今までの後悔、自分自身への憤り・・・
もしテレビドラマで、彼の人生を見ることができたなら、
その事情を知っていたなら、幾らか乱暴な男性への怒りよりも、
いたわしい想いが湧いてくることでしょう。
情報を集めることで、人は怒りの火を鎮めることができます。
そうして、いくつも空想のテレビカメラを用意し、
自分なりに「悪いと信じて疑わない相手」を違う角度からとらえていきます。
その出来事が起きるにいたった、自分自身も振り返り、
いくつもサインが出ていたことや、
そこに自分もなにかしらの責任や意図が重なり、生じたことなのだと、
少しずつ粘土をこねるように、一方向から見ていたものを柔らかく練っていきます。
柔らかくなったら、最後の仕上げです。
不幸中の幸いを見つけます。
昨日話をした彼女の場合は、「そのまま結婚しなくて、本当に良かった」ということです。
最悪な出来事から、学びや、不幸中の幸いを見出します。
「これで済んでよかった」
「長い目で見たら、この痛みや苦しみが役に立つ日が来る」
「この経験があるから、考え方が、生き方が変わった」
「もう同じことにはならない」
不幸中の幸いを、上手に見つけていきましょう。
友達と一緒に、お茶をしながら、飲みながら、探しても素晴らしい時間です。
そして、決めます。
「 幸せになる 」
あなたが幸せになることが、
周囲の幸せに繋がります。
心地よくて、穏やかな気分で、もしくはとてもウキウキしていて。
そんなとき、何気なく声をかけたお店の店員さんや、同僚や友人にも、
その幸せは、隕石が落ちたときのような勢いで波紋のように広がり、
遠い国の誰かの肩に、
ひらひらと、
落ち葉や花びらや、タンポポの綿毛なんかを、
そっと載せているのです。
『 許す 』
こんなに難しいことはありません。
けれど、相手を許す、ということではなく、
相手を憎んでいる自分を許し、手放し、
そこから固定せずに動き出す、ということです。
その荷物を、いつまで大事に抱えて人生を歩くのでしょう。
美味しくない料理を、バケツいっぱいに詰めて、いつも持ち歩き、
電車の中で、
街の中で、
むしゃむしゃと食べているのを思うと、さっさと捨てて、
丁寧に作られた湯気の立つ美味しいものを食べたほうが、
本当は「いい」と、自分自身で、気がついているはずではありませんか。
昨日、私が初めて逢った方は、もう一人の私です。
彼女が抱えていた苦しみや怒り、孤独は、
私の中にもあったからこそ、彼女は私の前に現れたのだと、私は考えます。
だからこそ、私は、彼女の幸せを全身全霊で祈り、話をし、
彼女が抱えていた怒りや悲しみを、
一緒に空に見送るよう、そっと背中を押しました。
私の魂と、彼女の魂が呼応した一瞬のような夜です。
私は、幸せを願います。
自分の幸せを、丁寧に一瞬一瞬感じ、味わうことを大切にします。
そして、これを読んでくださる貴方が、貴女が、
幸せでありますように、祈ります。
許すということは、登山のようです。
自分を幸せにする、と決めたらなら、
登るしかない山道です。
険しく、けれど一歩一歩が清浄な道です。
そして、心は自由です。
ある日突然、風に乗り、雲に乗り、
山の頂上に、立っていることもあるのです。
変容。
人は変容します。
だからいいのです。
あの人を許して。
だからいいのです。
うんと楽になって。
だからいいのです。
おもいきり幸せになって。
あなたの幸せを、祈ります。
愛をこめて。
◇ 美しい波紋が広がりますように・・感謝をこめて
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