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いうまでもなく、究極的には、
「他人」など存在しません。
私たちが会っているのは常に、
「自分自身」なのですから。
「世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え」
エックハルト・トール著
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photo by App [Backgrounds]
明けましておめでとうございます。
2011年も11日を過ぎました。
「ケ」と「ハレ」の区切りを上手く付けることで、
人は昔から日常に堆積する「垢」を、
非日常に身を投じることで、払拭してきました。
常に、不変と流転が入り混じりながら、
時間という軸を滑らかに移動している日々の中に、
いかにして「ケ」と「ハレ」を見出していくか。
それらを味わい尽くすことができるか。
そんなことを感じる新年です。
個人的に、
年末で、日常を繋ぎとめていた環境がガラリと変わりました。
今は空白、
どこまでも自由に足をのばせる冬の草原に、
一人立っているような感覚です。
一連の変化はあまりに急で、
今も自我がその変化に付いていけていない部分があります。
自分の誕生日であるグレゴリオ暦11月17日に、
「天命は何か」とふいに喉元に突きつけられ、
その約10日後、
偶然にもマヤ暦での誕生日に「離れる」という流れが決定し、
12月の晦日を迎えるまでに、
とりあえずの荷物をまとめて旅立つ、という、
火急を要する変化に飲まれました。
その時はまるで、エリザベス・キューブラーロスの「死の五段階」のように、
さまざまな感情が入り乱れ、
けれど魂の奥底で、
「助かった」
という響きが、木霊していたのも確かでした。
今回の出来事で、つくづくと感じたことがあります。
「離れることの美しさ」
この世には「離れることの美しさ」があり、
それはどこまでも完全で完璧な流れであり、
天からのギフトであり、
どのような形で立ち現われても、
すべからく、本質は美しい。
そのことに、自我を超えて受容し、享受し、
委ねることができるか。
そんなことを、学んだ出来事でした。
私の成すべきことは何か。
何を成すために生まれてきたのか。
天命とも使命とも呼べるようなものに、
ぐいぐいと引っ張られた年末。
放り出された場所に身を委ねて、
味わい尽くすことを、
自分に課したいと思います。
年始は、チベット仏教の本を読みこんでいました。
なかなか判然としなかったことがとてもすっきりしたのが、
正木晃さんの「 性と呪殺の密教 怪僧ドルジェタクの闇と光 」
チベット仏教の表になりにくい歴史の部分に、
一人の霊験あらたかな高僧「ドルジェ・タク」の歴史を紐解きながら、
光を当てていく一冊。
読み物としてもとても読みやすく、
物語の要素がとても強いので、すいすいと読めました。
ゲルク派、ニンマ派、カギュ派、サキャ派、
それぞれをざっくりと理解していましたが、
歴史の渦に添って、どのような流れであったか、
また秘密集会タントラとはそもそもなんなのか等々、
とても明瞭に理解ができました。
チベットの学びを、今年も深めていくことができれば・・。
そんな風に思う2011年。
日常を、
いかにして非日常で洗い清めるか。
すべての一瞬一瞬を、
静謐な空気で見つめることができるか。
怠惰に命の灯を燃やしてしまう私を、
いかに慈しむことができるか。
綴りながら、
感じながら、
今年は発露していきたいと思います。
よきご縁を頂くことができますように。
そして、皆々様に、よりよいご縁が広がっていきますように。
祈りを込めて。
◇ 美しい波紋が広がりますように・・感謝をこめて
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